【4冊目】「らんまん」の2次創作としての自伝〜牧野富太郎『草木とともに——牧野富太郎自伝』(角川ソフィア文庫、2022年)

 「らんまん」、おもしろいですよね。植物が誰よりも好きで、誰がなんと言おうと植物学の道をまっしぐらに進み、反対していた人も唸らせてしまう、万太郎の磁力にすっかりはまっています。万太郎、わたしの人生のロールモデルなんじゃないかと思えるほどです。もちろん彼だけでなく、寿恵子さんや竹雄、波多野、田邉教授などの周辺人物全員も大変魅力的で、それぞれにきちんとスポットがあたるのもとても良く、「良い脚本だな〜!良い!」となっています(とにかく良い)。

 というわけで、牧野富太郎先生本人の自伝も読んでみました。表紙には蔓性の植物?を首から下げて満面の笑みでこちらを向く先生のご尊顔が。この顔、らんまんそのものですね。

 この本は2022年に文庫化されたエッセイ集で、朝ドラに向けて出版されたものと思われます。牧野先生の人生に沿っておおよそ時系列順にエッセイが並んでおり、解説のいとうせいこうさんも書いていますが、さしずめ「牧野ベストヒット集」といったところでしょう。牧野は1862年の生まれで1957年に94歳で亡くなりましたが(長生き!!)、こうして今の時代でも読みやすい形で出版されるのはありがたい限りですね。

 本書を読むと、牧野先生がいかに博覧強記の学者であったかがうかがえます。植物に関する知見は言わずもがな、和歌や漢詩まで創作してエッセイの中で詠んでいるのだから驚きです。

 一方で、死ぬ前年にストリップショーを見に行って「若い女はええものである」なんて書いてしまうどうしようもなさも魅力です。このときの写真が週刊誌に載って学士会からこっぴどく怒られたそうですが、牧野はこれを長生きの秘訣と言ってみせる。なにせ13人子どもがいた人ですからね。どうしようもないが憎めない、人間・牧野富太郎の魅力を語る上で外せないエピソードでしょう(魅力としては外してもよい)。

 ドラマおなじみのキャラクターたちの元になった人物やそのエピソードも出てきます。たとえば田邊教授のモデルになった矢田部良吉の破門草事件。トガクシソウ命名をめぐる一騒動ですね。それから大学の研究室で語学の天才だった池野博士。これは波多野のことですが、彼にはドラマ中では描かれていないこんなエピソードが。

同君はすこぶる菓子好きで、十や二十をぱくつくことなどは何のぞうさもなかった。また食べる速力がとても早くて、一緒に相対して牛鍋をつつき合うとき、こちらが油断していると、みな同君にしてやられてしまう危険率が多かった。[52頁]

 ドラマの裏話みたいで楽しい。ああ、このふたりにはこんな関係も……と2次創作を読んでいる気分になります。逆なのですが。これは伝記物ならではの楽しみ方ですね。ドラマを見てから自伝エッセイを読むことでむしろ元になった現実のほうを非常にオタク的に読めるわけです。2次創作的転回とでもかっこよく呼んでおきましょう。ああ、尊い(オタク)。

 ほかにも牧野先生は毛虫や芋虫の類が非常に苦手だったという話や(植物学者として致命的では)、本書後半には「牧野一家言」として、植物を愛するゆえに平和を愛する牧野先生の含蓄深い言葉の数々も収録されています。ドラマのファンなら間違いなく楽しめる一冊だと思います。

 唐突ですがわたしもずっとサボテンを育てたいと思ってたんですよね。サボテンは可愛いので。部屋を片付けて今度買ってこよう。